小野 泰和


小野 泰和
DAITO ONO
―両親、姉、妹も競技する卓球一家で育ちました。
京都出身で、保育園年長の時に姉が通う卓球チームに入りました。小学校時代は4年時の全国大会3位が最高。競技を早く始めたのでたまたま結果が出ましたが、その後は他の子が伸びて全然だめで、6年生のときは全国出場を逃すほど弱かったんです。
―卓球人生は中学から入学した出雲北陵で転機を迎えます。
このまま終わるのが悔しくて、しっかり練習できる環境で技術を磨きたいと出雲北陵中学を選びました。不安もあったでしょうが背中を押してくれた親に中学で1回は良い姿を見せたいと思っていて、3年時に全中でベスト8になりました。他の部員と切磋琢磨しながら汗を流した練習でも大会でも手を抜かず、最後まで全力でやり切ったことが結果につながり、強くなるためのターニングポイントとなりました。
―普段の練習は?
高校では平日4時間、休日7時間以上の練習に打ち込む卓球漬けの日々です。毎朝8キロのランニングは欠かしていません。一番の武器のフォアハンドや、それを生かすためのフットワークを日々磨いています。
―主将として臨んだ2024年の全国高校選抜卓球大会男子団体で初優勝し、全国高校総合体育大会(インターハイ)卓球男子シングルスも優勝。いずれも県勢初の快挙でした。
選抜大会はチーム一丸で掴んだ栄冠でした。決勝直前のミーティングで監督から『優勝して日本卓球界の歴史を変えよう。今日がその日だ』と言われた時は鳥肌が立ち、一気にモチベーションが上がりました。優勝して一緒に涙して喜んだのは一生の思い出です。3冠を狙ったインターハイはダブルスと団体で負けてしまいましたが、シングル決勝では最後まで自分らしい強気の攻めの卓球ができました。
―一番印象に残っている出来事は?
高校3年生の時のインターハイです。団体戦の準決勝で自分が思うようなプレーができず、チームが負けました。その時チームメイトは全く責めることなく、励まし続けてくれました。そのおかげでシングルスでは気持ちを切り替えることができました。決勝の舞台でも、観客席からチームメイト全員が本気で応援してくれ、それを力に変え、優勝することができました。人のために全力で応援ができる最高のチームメイトを持ったことが私の一番の誇りです。
―25年春からは中央大卓球部に進む予定です。
レベルが格段に上がるこれからが正念場です。しっかりと経験を積み、日本代表としてオリンピックや世界選手権を目指していきたいです。結果を残すことが、支えてくれ、強くしてくれた島根への恩返しだと思います。
―島根かみあり国スポへの思いは。
最初はホームシックになりましたが、先生やご家族、地域の方々が本当の家族のように接してくれ、居心地のいい空間を作ってくれました。県内外の民間企業や個人の方は金銭面での支援や専用寮の整備など、卓球に集中できる環境を整えてくれています。多くの皆さんに支えられていることは感謝してもしきれません。青春時代を過ごした島根には特別な思いがあり、2030年の島根かみあり国スポで総合優勝に貢献(※ふるさと選手制度を活用)できるよう、これまで以上に競技力向上に努めたいです」
(2024年12月取材)
